吉幾三

家の者が小学生の時始めて買ったレコードは!吉幾三のデビュー・シングル「おらは田舎のプレスリー」だったそうだ!
小学生がそういうの買うもんなんだろうか?
家の者曰く、「吉幾三がロックでデビューしたことを知る人は少ない」。そうだったのか。続けて曰く、それで北島三郎の眼に留まって演歌歌手になっていったのだ(ろう)と。

ハンドクリームなど

今年はデルベの忘れな草の香りのハンドクリームを使っている。イタリア関係の展覧会のショップなどで販売されていがち。香りが気に入って選んだのだが、荒れてしまった手のカサカサを治す力はゼロと思われる。白色ワセリンもいいけど、同じく、薬ではないので結局予防的に使うのが正しいんだろう。
幼児の頃、祖母の家にいくと祖母が風呂上りにニベアを塗ってくれたものだ。祖母はきれいな人だった。玄関の壺に日傘が何本も差してあって、庭に出るにも日傘を貸してくれた。まあ九州の夏において日傘は完全に実用品だった訳だけれど、ああした気遣いこそ美しいと今にして思う。

東京バレエ団 モーリス・ベジャール振付「M」 東京文化会館大ホール

NBS創立30周年記念
三島由紀夫生誕85年 没後40年記念
【総監督】佐々木忠次 【芸術監督】飯田宗孝
【振付・演出・衣装コンセプト】モーリスベジャール
【音楽】黛敏郎、C.ドビュッシー、J.シュトラウス二世、E.サティ、R、ワーグナー

それにしても昨日はベジャールの「M」が見られて良かった。思った以上の奇作であった。残念ながら途中から会場に入ったわけだが、ふんどしの男が4人立ってる中でパンツのセバスチャンが踊るシーンでしたから。ベジャールの想像力と読み込みで見る「M」の世界。三島を読み込み、なおかつ自分独自の世界を出現させきったベジャールはやはり実力派。
また、当日は小林十市の引退公演でもあったようだ。公演後の満場の拍手が良い感じだった。
彼の存在感は素晴らしかった。若いダンサーに全く引けをとらない。やはり良いダンサーなんだな。良いダンサーといえば上野水香ちゃんも。安心して見ていられる実力派。しかもプロポーションがいい。いやあ楽日が水香ちゃんで良かった。

イチ:高岸直樹
ニ:後藤晴雄
サン:木村和夫
シ(死):小林十市
聖セバスチャン:長瀬直義
女:吉岡美佳(12/18)、上野水香(12/19)
海上の月:小出領子(12/18)、渡辺理恵(12/19)
オレンジ:高木綾(12/18)、吉川留衣(12/19)
ローズ:西村真由美(12/18)、奈良春夏(12/19)
ヴァイオレット:井脇幸江(12/18)、田中結子(12/19)

歌麿・写楽の仕掛け人 その名は蔦屋重三郎  サントリー美術館

2010年11月3日(水・祝)〜12月19日(日)

なにやらEUが、ダン・フレイヴンとビル・ヴィオラのネオンの作品を「美術品」と認めない決定を下したそうだ。つまりそうなると、イギリスの画廊やオークションハウスは輸入するのに関税をフルで払わないとならないとか。しかし、フルでネオン管の金額で関税払ったほうが、美術品の関税より安くないのかな。誰が損するのかよく分からない。あとでよく読んでみよう。
http://www.theartnewspaper.com/articles/Flavin+and+Viola+light+works+ruled+%E2%80%9Cnot+art%E2%80%9D/22069


例によって最終日の旅。プロデューサーあるいはディレクターとしての蔦屋重三郎に焦点をあてた展覧会。浮世絵展としては目新しい切り口なんではなかろうか。作品と書籍資料(黄表紙とか)が入り混じって展示されていたのが残念という人もいたが、私は特に気にならなかった。解説も一般向けに親切だった。途中、蔦屋の活動と展示されてるものの関係が不明瞭な箇所もあった気がしたし、なぜか展覧会としてのストーリーが最後にはよく分からなくなったけど、作品がそれぞれ面白かったのでこれも問題なし。出口で「ありがとうございました、さようなら」みたいなセリフの入った蔦重のバナーが下がっていて、なんかまとまった気にさせられる。切り口の明快さ、写楽歌麿などの超有名作品の威力、会場施工のゴージャスさ(かつセンスよさ)が取り揃った展覧会だった。
なにより、蔦屋の明るい商人活動に明るい希望を貰った気がしたのがこれまた個人的には収穫でした。このご時世ですからね。

その後ベジャールの「M」を見て、芸大のシンポジウムに寄って帰る。

死霊  埴谷雄高 講談社

最近床やちゃぶ台の上に落ちていたので(撒かれていた?)読み始めたがまた寝不足になる予感。お肌への打撃が大きくて困ったことである。
熊野純彦埴谷雄高ー夢みるカント』も見かけたような。

死霊(1) (講談社文芸文庫)
死霊(2) (講談社文芸文庫)
死霊(3) (講談社文芸文庫)
埴谷雄高――夢みるカント (再発見 日本の哲学)